「大王」こと後藤ひろひとです!
2009 年 6 月 23 日 火曜日
「大王」こと後藤ひろひとです!
久しぶりに魔人ハンターミツルギ君から
メールが来たかと思ったら
このバトンを受け取りました!
「え?東京に住んでる人じゃないの?」
とか
「もう小劇場の人ではないんじゃない?」
という声が上がり
なかなか居心地の悪いたたずまいでこれを書いていますが
いえいえ!
私は大阪に住んでいます!
そして日夜「関西小劇場」の事を考えていますよ!
ふと気がつけば
私も20年以上この関西で演劇活動をしています!
最近では当然「先輩」よりも「後輩」の数の方が
圧倒的に多くなってしまい
娘や息子でもおかしくない年齢の俳優が
いっぱい活躍しています!
だからこそ今回はここで
関西演劇の歴史をさらりと解説するとしましょう!
それによって
今、関西で活動している俳優達が
「自分達は一体何者なのか?」
を知る事になります!
時代は1970年代までさかのぼります!
それまで関西の演劇界には
「新劇」
と呼ばれる物しか無かったと言ってもいいでしょう!
1930年代にソビエトはモスクワ芸術座の
スタニスラフスキーという俳優兼演出家が
演劇を理論で解説し
「こういう気持ちの時にはこういう行動を取る」
とか
「こういう行動を取るにはこういう心の動きがあるはずだ」
といった演技論を文章化しました!
その理論は
「スタニスラフスキー・システム」
と呼ばれ世界中に普及しました!
日本ではそれが「新劇」と呼ばれたのです!
しかし!
1960年代後半になると
その理論に反発する演劇勢力が生まれ始めました!
その勢力による表現物は
「アンダーグラウンド」と呼ばれ
やがて「アングラ」と略されます!
決め込まれた演技や新劇のルールを否定し
感情を直接的に表現する事で
「アングラ」はやがて
脚本をも否定する身体表現一派や
観客につばを吐きかけながら絶叫するような
過激な演劇表現派閥が生まれて行きました!
私が入団し
やがては魔人ハンターミツルギ君をも輩出した
「遊気舎」という劇団は
1970年に旗揚げされた「アングラ」劇団
「上方小劇場」を母体とするもので
私の入団当時にはまだ
無意味に舞台上で一升瓶の焼酎を一気飲みする俳優や
甲高い声でなにを言っているかまるでわからないような
叫ぶばかりの俳優とかが残存しており
それはそれは怖い世界でした!
打ち上げではたいがい殴り合いが繰り広げられておりましたよ!
しかしそうした「新劇」のルールに従わない
自由な表現形態はやがて関西で
「学生演劇ブーム」を生み出します!
大阪芸術大学からは
「南河内万歳一座」や「劇団新感線」が生まれ
京都大学からは「劇団そとばこまち」が誕生!
同志社大学の「マキノ・オフィス・プロジェクト」は
やがて「劇団M.O.P」となり
現役大学生による「アングラ」の流れを汲んだ集団が
競い合うように公演を行い
それらは同世代の観客におおいに受け入れられたため
数々のスター俳優が生まれるようになったわけです!
同時期には
「笑殺集団リリパット・アーミー(現・リリパットアーミーII)」や
「かっぱのドリーム・ブラザーズ」
「MOTHER」といった
マスコミに関わるタレントや芸人などによる劇団も登場し
関西演劇界は最高に華やかだった時代を迎えたわけです!
やがて
そんな大御所劇団をひきずり降ろす事を目的に
どこからか現れたのが
「惑星ピスタチオ」や
「これっきりハイテンションシアター(現ファントマ)」や
私が二代目座長に襲名した時点での「遊気舎」でした!
西田シャトナー
伊藤えん魔
後藤ひろひと
とにかく不仲な3人でしたが
3人にはある共通した作風がありました!
「ラスト・シーンをうやむやにしない!」
当時はまだ「アングラ」の流れが強く
演劇と言えば
ラスト・シーンでびっくりするような演出を見せるものの
肝心のストーリーがうやむやに終わる物が多かった気がします!
「新劇」を否定する事で生まれてしまった弊害
「ラストうやむや演劇」!
私たち3人は関西演劇界から
それを完全に払拭しようと努力した存在だったと思います!
最近の若手劇団の作品を見ると
もちろん「新劇」のルールには従わず
それでいてラスト・シーンまで
脚本がしっかり書かれている物を多くみかけます!
むしろそんな作品が主流となっているように感じます!
そんな作品を見た時
「あぁ!
あの二人といがみ合いながらも
闘い続けた甲斐があったなぁ!」
とうっすら涙を浮かべてしまう事があります!
わかりますか?
現存する関西小劇場の劇団は
そのほとんどが
「アングラ」から派生した物なのです!
「アングラ」と聞くと拒否反応を起こす人が多いかもしれませんが
それは完全に「アングラ」の意味を誤解しています!
「ルールに従わない自由な表現」!
それこそが「アングラ」だったわけです!
あたかも老人のように
過去から現在までの関西小劇場史を語りましたが
残念ながら私は隠居などしていません!
それどころか今の自分が関西で
最高の腕を持つ作家であると自認しています!
この関西ではまだまだ私を越える脚本家は現れないと思います!
私がなぜそんな事を言うのかわかりますか?
こんな事を言う私を
「叩きつぶしてやろう!」
と思う事こそが
今後の関西小劇場の発展につながり
演劇界を変えて行くからです!
これまでの歴史を見れば
繁栄の前には必ず「いさかい」があったのです!
私を越える脚本を書き
私が動員する集客を越える劇団を作って下さい!
私は逃げも隠れもせず
「からほり商店街」をぶらぶらしながら
更に面白い作品を書いて
後輩の進出を食い止めまてみせますよ!
あ!
あれね!
後ろから殴るとかそういうのはなしね!
そういう事じゃないんだからね!
さて!
「関西小劇場ブログリレー」というタイトルではありますが
ちょいとここらで流れを変えてみたいと考えました!
『人志松本のすべらない話』で「MVS」を受賞し
昨年、私の作品で舞台俳優デビュー!
果ては本年!
見事「上方漫才大賞」に輝いたために
私からは「大将」と呼ばれるようになった
兵動大樹君にバトンを渡してみようと思います!
京橋花月での演劇公演に主演するなど
めきめきと関西演劇俳優としての腕も上げています!
「大将」の話を聞いてみようではありませんか!





